松屋の「あたま大盛り」ってなんだろう?  寿司屋のバイトでわかった、不思議な言葉の深い意味。

学校の授業が終わって、夕方から始まる寿司屋のバイトまでちょっとだけ時間が空いたときのはなし。

公園のベンチでぼんやりしながらスマホを眺めていると、
Twitterのつぶやきに不思議な語感の言葉を見つけたんです。

夜ごはんは松屋の牛メシ あたま大盛りでいただきます

あたま大盛りって何? 牛メシだけに牛の頭のこと? 

そんなわけないだろうと思いながら検索してみると、
あたま大盛りのツィートがたくさん投稿されていて、
ごはんの上に乗っている牛肉のことを「あたま」というらしい。

どうして「あたま」と呼ぶのか、その理由だけが見つからない。

バイト先の親方なら分かるかもしれません。

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●「あたま」の謎解き、その前に。 

寿司屋は独特の言葉づかいで満ちあふれた世界なんです。
醤油は「ムラサキ」で、わさびは「なみだ」。
スライスしたショウガの甘酢づけは「ガリ」と呼ばれて酢飯は「シャリ」。

ほかにも寿司屋ならではの業界用語はたくさんあって、
自在にあつかう親方ならば、松屋の「あたま大盛り」の意味を知っているかもしれない。

その日の親方は、機嫌が悪いようでした。
中学校を卒業して寿司職人を目指している自分と同い齢の見習いが、
激しく怒鳴られていたから、とても質問できる様子じゃありません。

厨房でしょんぼりと洗い物をする見習い。
暗い気分を変えてやりたいと思い、寿司屋用語についてたずねると、
勉強してきた知識を披露できるのが嬉しかったのでしょう、笑みを浮かべていろいろと教えてくれたんです。

江戸時代の庶民が求めたのは「粋(いき)」と呼ばれる生き方。
「心意気」などに使われる「意気」が転じてできた価値観は、
江戸っ子を言い表すにはピッタリな言葉で、たくさんある寿司用語もまた「粋」からできた業界用語だそうです。

●「あたま」のルーツは江戸時代にあり?

だてに中学を卒業して寿司職人の道を歩んでないなと感心しました。

「あたま」の意味も知っているのかもしれないと質問しようとしたのですが、
親方が大きな声で見習いを呼びつけます。

なんと、カウンターに初めて立つときが突然やってきたのです。

早くカウンターに立ちたいと語っていた熱意を思うと、
まるで自分のことのように嬉しい気持ちになりました。

ただ、これからもてなすお客さんの顔を見て、すっかり気持ちが暗くなりました。

寿司にまつわる知識を話したがる、クセの強さで知られた常連さんだったからです。
「ムラサキ」とか「なみだ」とかの寿司屋用語はもちろん、
寿司屋での作法などを得意になって語り始めると、もう止まりません。

見習いは小さな微笑を浮かべて、常連さんの注文をミスなくこなしているようでした。
常連さんも、自分の話に聞き入る見習いに満足しているようで、おしゃべりは尽きません。

常連さんが、新しく注文します。
「あたまちょうだい」
「あたま大盛り」のナゾが、偶然にも解けようとする展開に、正直、驚きました。

「軍艦のあたまだけ、全部ちょうだいよ。
あれ? まさかあたまっていう意味、見習いさん、もしかして知らないの?」

僕は、ゴクリと息を飲みました。

見習いは堂々と語り始めます。

「寿司の世界で、あたまっていう用語はないんですよ。
イクラとかウニとネギトロとか、軍艦だけじゃなく寿司で使う食材はみんな、ネタって呼ぶんです」

あたまっていうのは、どんぶり物にだけ使う用語なんです」

「ごはんの上に乗った具のこと。たとえば牛丼で言うと、タマネギと一緒に甘辛く煮込んだ牛肉のことですね。
上にあるから、あたま。ちなみにご飯は、シロって呼ぶそうです」

「握り寿司と同じように、どんぶり料理も江戸時代に誕生したと言われています」

「気の早い江戸っ子にとって注文してすぐに出てくるどんぶり物は、
短時間でさっと掻きこめる料理、今でいうファーストフードの元祖のようなもので、
コスパの良さもあって庶民にたいへんな人気があったそうです」

見習いの勢いにびっくりしたのか、その後常連さんは静かになってしまい、
やがてお会計を済まして帰ってしまいました。

●日本ならではの言葉遊びが業界用語を作った。

その日、見習いは閉店するまでカウンターに立つことになりました。
親方は、裏の調理場にやってきて小休憩に入ります。
機嫌が直ったと思い、知ったばかりの「あたま」の意味を、あらためて親方にたずねました。

「火事と喧嘩は江戸の華って言ってな、とにかく江戸っ子は気が短かったんだよ」

「粋でいなせな生き方っていうのは、どうすればカッコよく振舞えるかっていうこと」

「どんぶり屋に行くだろう、のれんをくぐって、こう言うのさ」

親父! 牛丼大盛り、つゆだく、あたま大盛り大至急って、これが粋ってもんさ

なるほどな、とは思うんです。

けれども今は江戸時代じゃありません。
「あたま大盛り」じゃなく「牛肉2倍」とか「牛肉大盛り」のほうが、
注文のときに「あたまってなんだろう?」とお客さんも悩まないと思うのだけれど。

「日本にはな、むかしっから言葉遊びっていう文化があるんさ」

俳句だとか短歌だとか、言葉をつかって楽しむ文化が日本にはあって、
一番なじみ深いのがダジャレなのだそう。

言葉を楽しむ日本ならではの文化に、江戸っ子が作った粋という価値観が重なって
「あたま」などの業界用語が生まれたんじゃないかな、と店長は教えてくれました。

●不思議な語感が好奇心を刺激する。

寿司屋でバイトしていて気づいたことに、親方が威勢よく話す寿司屋用語に、
店内のお客さんたちが敏感に反応するという点があげられます。

みんな寿司屋用語に興味津々なんです。

まだ学生の自分にはよく分からないけれど、
とにかく何でもいいからお客さんに興味を持ってもらうことが、商売成功への第一関門なのかもしれません。

松屋の「あたま大盛り」にしても、不思議な商品名に興味を持ってもらい、
なおかつ購買意欲を刺激するための営業戦略のひとつなのかもしれませんね。

店じまいを済ませると、寿司職人として一歩を踏み出した元見習いに声をかけました。

「デビュー戦勝利おめでとう、メシおごらなきゃな」

「マジ!」

「いい店知ってるんだ。安くてうまくて食べごたえある店」

「どこ?」

「松屋」

「松屋かよ! コスパ良すぎるお祝いだな」

「店に入ったら大声でこう注文するんだぞ、親父、牛めしつゆだく、あたま大盛り、大至急って!」

「バカ! 松屋は食券買って手渡すだけだろ、大声出したら追い出されるぞ!」

二人の様子を見て、カウンターで明日の準備をする親方が笑っていました。

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